高校留年論

19歳で学ランを脱いだ僕から、君に告ぐ

視線の矢は全方位から体に

 受験して、受かって、志望通りだったかどうかは別として、晴れて高校生になって、新しい制服を着て、ここにいるみんなと、この担任で、これから三年間どんな生活になるかななどと希望に満ち満ちている、はじめての朝のホームルームの中で、「昨日の入学式にいなかったクラスメイトが今日来ています。これでクラス全員揃ったわいや。おい、◯◯君、自己紹介してくれえや。昨日みんな入学式のあとにしとるんよ。君のことは僕からちょっと話しとるけど、本人の口から改めて。はい、ほら、立って」留年していなくったって注目を浴びるシチュエーションなわけだが、想像してほしい。この一秒の長さを。

 この人が“ダブり”か。留年している人間を生まれてはじめて彼らは目の当たりにしたのだ。無論僕も生まれてはじめての経験をしている最中だった。想像してほしい。自分の名前一字一字の重さを。ロシア人とかブラジル人のフルネームを言うほうがまだすんなり口から出た気がする。

 上から下から舐め回すように見られた。ヤンキーじゃなさそうだなとか、痩せてるんだな、年上だからといってヒゲ濃くはないんだな、弱そうだな、そんな風に見られているんだろうなと自分では思っていて、けれど、こんなことは来る前から容易に予想できたことで、実際に、僕が入学して一度目の一年生の時、僕はクラスメイト同様“ダブり”を観察する側だった。僕が見たはじめての“ダブり”は二人いて、どちらもなんていうか、見た目から怖かった。ひとりは当時でも時代錯誤の剃り込みアイパー。もうひとりはパンク野郎。とても友達にはなれそうもなく、クラスのメイトなんてものにも到底無理。そんな印象。

 こんどは自分が留年してまた一年生をやるとなると始業式当日、普段履きなれているアディダスのスーパースターではなく、ドクターマーチンのエイトホールに僕は足を入れている。ナメられないためだった。アディダスは悪くない。ナイキでもコンバースでも、この日は出番はなく、いや、当分なかった。ナイフやピストルを持っているわけでもないから、代わりに少しくたびれたチェリーレッドのブーツがあればまだと思い、現に僕の心身を支えた。学ランには少しやりすぎのようにも感じないこともなかったけれど、ちょっと寄せ付けないオーラを出すには十分効果を発揮したかのように思える。

 そして、体育館シューズを手に始業式へと向かう道すがら、クラスメイトは僕の足元に気づきうろたえる。噂話が聞こえてくる。きっと中学が同じだったとか部活が同じだとかで、仲がいいのがすでにいるのだ。気にしない気にしない。むしろ予定通り。

 だが、この道中、視線は彼らからだけではない。同じように体育館へと向かう元クラスメイトや元部活の連中に顔を指される。下を向いて歩こう。あまりにもひどい揶揄を受ければ、このドクターマーチンの先端を下腹部にお見舞いしてやればいい。などと、ダサいことを真剣に考えヒリヒリしながら歩いた。

 体育館では靴を履き替える。各々、自分の靴はビニール袋に入れ、式中は足元に置いておく。列の中、僕の体育館シューズだけ側面のラインの色がちがう。前後左右、みな赤だ。僕は緑。どこにいても、留年した人間だということがわかる。実に明朗だ。赤だ緑だと、カップうどんでもあるまいし。たぬきでもきつねでもあったらば、年下に化けてどうにか澄ましていられたかもしれないが、たかが人間だ。うつむくしかない。

 帰りのホームルームが終わると、僕は逃亡するように教室をあとにした。階段を勢い良く降りるときは、アディダスのほうがよかったなと感じた。駐輪場に行けば、自分の自転車はわかりやすい。貼られてあるシールがひとり緑だ。自分の視線さえもみなと同様になってしまっていた。あ、あれが“ダブり”の自転車。自分のものなのに盗むようにして取り出した。これが、初日のことだった。

 

 小学校中学校と転校の経験は僕にはないのだけれど、まあおそらくはそれとこれとはちがうだろうと思われる。みんなと仲良くなれるかな。◯◯さんと仲良くなれるかな。無論なれない。しばらくは——。