タレメーノ・カクの高校留年考&元芸人社会復帰道

笑われて、笑わせて、笑わせられず、笑う暮らし

芸人崩れと陰口叩かれ、芸人崩れと明るく放たれ

 小学六年生の頃。『お笑い四天王』とみなに呼ばれる男子がクラスにいた。そう名付けたのは学級委員長。なんと無慈悲。時の権力者よ。

 

 その四人のうち、自意識過剰で勘違い甚だしかったのが、やはりぼくである。その響きに悦を感じながらも、一方でなにが四天王だとも。十年後、その他三人は大学を卒業し、そして就職した。その頃ぼくは東京で、所属事務所の稽古場へネタ見せに行ったり、番組のオーディションに行ったり、たまにライブに出演して、ほぼ毎朝新聞配達のアルバイト。自分が寝ているあいだに他の芸人たちはネタを書き稽古してるぞとの観念で目は常にうさぎのようであった。

 

 四天王のひとりに東京で会った際、ハンドルを握る彼に助手席から引退したことを伝えたらば、「え? 辞めたん? マジで?」と屈託のない顔で笑う。それは爆ぜかけ、そしてこうつづく。

 

 「まじか! 芸人崩れか〜! 二十五歳。がんばればなんとかなるだろう。おつかれさん! それよりさ、この車売って、新しいの買おうと思ってるんだけどさ」

 

 かつての四天王の明暗たるや。出張で訪う全国各地の風俗店で遊ぶのが楽しいと右折をし左折をし、はしゃぎまわる運転手。彼の右ヒジは窓の外。彼の紫煙はぼくの頬。ぼくの両ヒジは、ぼくの腹をえぐっていた。

 

 その後ぼくはいくつかの職場で働くのだけれど、「あの人、芸人崩れらしいよ」と聞こえたことは一回二回ではない。『崩れ』と知って、お笑いバトルを仕掛けてくる腕力自慢の人もいたる所に現れる。もちろん、ぼくは何もしない。先方の表現に笑うという選択をするだけである。「芸人目指してた奴にウケると嬉しいね」とリアクションする人もやはり多々いらっしゃる。ぼくは芸人を目指して、芸人になったのだ。テレビで見ないと芸人ではないらしい。

 

 芸人だったということを大きな声で発表することはないけれども、履歴書にはどうしても書くので、毎度こんな塩梅だ。書かないほうが、と思ったりもするが、事実を職歴を書くだけのことなので、書かないのはおかしい。「元芸人あるある」といったところだろうか。

 

 チェストォ! 気張れェ! おもしろくはないけど、そんな結びにしたい今夜である。