タレメーノ・カクの高校留年白書&元芸人社会へ出る

笑われて、笑わせて、笑わせられず、笑う暮らし

10年ぶりに人前に

 お笑い芸人を引退しておよそ9年という月日を経てているところなのですが、奇妙なことに、今度人前に出てお笑いをやることになりました。

 

 来年、2019年の3月にとあるイベントというか、ライブというか、ステージに立ちネタをやります。引退後、はじめての舞台です。あと半年ほど時間があるのだけれど、もう腸の具合が悪いです。ヨーグルト、キムチ、納豆、冷蔵庫にパンパンです。

 

 知人であるポールダンサーの女性からお声をかけていただき、なぜか首肯してしまいました。それは彼女が主宰する催しで、ポールダンス、歌、舞などの様々なエンターテイメント盛りだくさんの幕内なプログラムで3年前にも演ったらしく、今回の公演には、お笑いがほしいと。

 

 「いやいや。勘弁してくれ。俺はもうやっていないんだから。ふざけんなよ。お笑いなめんなよ」

 

 あとから、あとから、うじうじうじうじ。

 

 「恥ずかしいわ。一度やめた人間が、諦めた人間がもう一回。お笑いライブじゃないライブに、呼ばれたからって、いけしゃあしゃあと。お笑いなら俺に任せろってなツラでもして出ろってか? 俺はやめたんだっつうの」

 

 あとから、あとから、うだうだうだうだ。

 

 彼女は言う。「他にもお笑いやってる知り合いいるけど、君に出てもらいたいと思ったんだよね。私は、君のユーモアが好きなの。君の笑いは人を傷つけない」

 

 ——嗚呼、なんたる誤解。

 僕は人の容姿を材にとって笑いをつくろうとするし、悪口だって散々言う。それで高校時代、担任の先生から叱責を受けたこともある。それで養成所時代、ライブのお客さんから事務所にクレームが入ったことがあり、マネージャーからこっぴどく叱られスーツ姿でお客さんに謝罪したこともある。それで某事務所在籍時代、ネタ見せの場で構成作家からそれでは笑いにならないよとダメ出され、気にせずライブでやってウケた快楽を知っている。

 

 とういうわけで、僕はポイズン含む漫談をします。ネタをつくらなければならない。

 

 主宰者からご要望があり、他出演者とのユニットコントもやります。ネタをつくらなければならない。

 

 話をもらったことにたいして、僕は嬉しくも悲しくもなかった。だけれど、なぜだかやらなければいけないような気がしたのです。

 

 お笑いをやめたとき、納得してやめました。未練なくスパッとやめました。ただ、それは死でした。ぼくは一度死んでいます。成仏できています。

 ただ、その死後つづくこの9年間、ずっと辛かった。まるで地縛霊。なにをしても、心が入らない。なにをしたいというのもない。転々とした。浮浪もした。肉体まで殺す勇気はないものだから、生きていかなきゃならない。

 抱える問題にひとつづつ向き合って、処理し、解決し、整理しました。

 いまもどう生きてゆけばいいのやら、かつてお笑いを志していたときのような目標も、道標もなにも、ない。

 

 そして、考えます。もしかしすると、僕と同じように苦しんでいる人がいるかもしれない。それは元芸人かもしれないし、元役者かもしれない。元ギタリストでも、元ボクサーでもいい。

 あるいは、その道に進路をとりたくともとれなかった人が、僕とは反対に真っ当な社会人として勤労、納税をしていても、悶々としているかもしれない。

 

 人のことなんか知ったこっちゃないけれど、そんなはずなんだけれど、そういう人たちに、今後、なにかしらの形で力になれないだろうか。なりたいんです。自分を救いたいだけかもしれない。だれかのことなんかどうでもよくて、自分をどうにかしたいだけかもしれない。だけど、いや、だから? ワカラナイけれど、出なきゃいけないような気がして——。

 またどこかの事務所に入りたいだとか、プロとしてどうのこうのだとか、そういうことじゃなくて、だけど、趣味でというわけでもなく、ただ、10年ぶりに人前に出ます。