高校留年論

19歳で学ランを脱いだ僕から、君に告ぐ

留年とファッション

 一目も二目も置かれる留年生においてやはりその目は到底数え切れない、天文学的な数の視線の矢を浴びるわけだが、高校留年にまつわるいかなる話にも当事者にとってはこの状況が基本にある。では、ファッションを紐解いてみよう。ハイスクールに通うわけではないのでファッションもへったくれもないように一見お思いになるかもしない。制服が学ランであれ、ブレザーであれ、どこまでが指定、非指定であっても、趣味が垣間見える瞬間がある。無論、留年していようがしていまいが、ではあるが。

 以前にも申し上げたかもしれない。重複お許し願いたい。『ダブり』にも様々な事情、おもむきがある。病気や怪我、イジメ、進路の悩みで休学していたために、なまけになまけた挙句単位が足りなかった、少年院に入ってた、進学高に入れたものの落伍した、などなど。これらの事情にファッションがイコールするか、それはもちろんあくまで個人の「ああ、そういう人ってそういう感じね」の感覚ではあろう。まあ、ヤンキーぐらいにしか、ああとはならないかもしれないが。

 僕も青春のテンプレートよろしく、学ランを着ていた頃はひどく自意識過剰にできていたために、二度目の一年生をはじめるにあたって、顔つき、しゃべり方、髪型、そしてファッションには演出を加えたくなった。改めて記しておくと、僕は不良ではなかった。勉強は好きだけど体が、というわけでもなく、勉強のほうは中の下(下の上が正直なところ)、いじめ、これも多分そこまではなかった。工業高校に入ったのに、工業の道に進みたくはないと一度目の一年の一学期で強烈に思ったために、退学する予定で休学、留年。結局、復学した。というわけで、不良カルチャーのようにわかりやすい自己表現ができない。糊の効いたカッターシャツを着れば頭脳明晰な雰囲気に、との思考も指定のポロシャツが邪魔をするし、中間考査でボロが出る。そもそもカッターシャツなど持っていない。

 靴だ。校則は自由。アディダスのスーパースターを履くのに、この普通感がどうにもひっかかった。スネーク柄とか、トリコロールカラーとかであればまだしも、白に黒。新入生の何人がそれを履いてくるかもしれぬ、それももしクラスにいたら、「ダブってる人と、俺靴同じだ。うわあ、高校生活最先悪すぎ」出鼻を挫いてやりたい趣味はない。名前も良くない。スーパースター。スタンスミスも持っていたので、こっちならと思うが、それだってやはり多くの人間が履いてくるだろう。色も白に緑のど定番。あだ名も多分、スミスにされる。残された選択肢は、ドクターマーチンのエイトホール。色はワインレッド。あだ名はマーチンになるかもしれない。若干、名字にもかかっている。あるいは、安全地帯とか、玉置とか、そっちになるかもしれない。命名の危険度で言えばもっとも高く死の予感がしたけれども、そのブーツのルックスゆえ年下がからかえるような代物ではなし、また、それを学ランと合わせるなんて、いかにも蠱惑的で謎めいて、病弱さもない、不良の血生臭さもない、それでいて近寄りがたいあの人は一体……。この塩梅だった。

 で、鞄も指定はなかったからなにがいいかと考えたいものの、ポーターの黒のトートバッグしかない。ちょっとアンバランスな気がしないでもないというひっかかりはどうにもならにので諦めた。あとは、ベルトを革の太めのをズボンに通して、手首にはGショック。アンバランスな気がしないでもないのだけれど、当時は足し算ばかりの、これもまた若さゆえ。自分としては装備をなんとか整えた、という具合。精神的な鎧にもなる、いや、するわけだ。ママチャリでお自転車通学というのがなんともアンバランスを絶頂にさせるが(2000年初頭、高校生の通学にママチャリはトレンドでもあった)。僕の場合は、こうして二度目の一年の一学期の始業式へ。

 

 ドクターマーチンは人から買ったものだった。その相手とは、僕が一度目の一年生の時のクラスにいたひとつ年上の留年生。僕が生まれてはじめて見たダブりのうちのひとり。もうひとりもそのクラスにいて、そっちはビーバップとか湘南純愛組の末裔みたいな人だった。その不良ではないほうの、常にオーディオテクニカのヘッドフォンを首に巻きつけて、当時主流だったMDプレイヤーではなくCDプレイヤーを操るパンキッシュな頭髪のほうに売買を持ちかけられ、半ば強引ではあったが、双方合意のもとに取引が成立したのだった。まだ知り合って一ヶ月ぐらいでの出来事である。この春の売買で、僕は留年への道に体を預けてしまったのだろうか。ある意味で留年はファンタジー。であればそうかもしれない。その一年後に自分が同じブーツを履いて、同じように奇異の目で見られる。彼らは僕が休学するより先に退学した。

 

 これも何度でも言う。最初が肝心だ。あとからいくらでもなるにはなるが、最初がこれからを決めるといっても過言ではないような。なめられたら終わりだから。そういう意味で、ファッションは留年生の力になり得る。足し算に飽きたら、つぎは引き算をすればいい。ただ、留年はファッションではないのであしからず。